ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第四十一回となる今回のインタビューでは、中国近現代文学を専門とし、作家・張資平の作品を「科学」と「身体」という独自の視座から読み解く、祝世潔さんにお話を伺います。
京大式「精読」と張資平文学の再発見
——その後、大学院から本格的に日本へ留学されます。まずは同志社大学へ、そして京都大学大学院へと進まれますが、数ある大学の中で京大を選ばれたのはなぜだったのでしょうか。
同志社大学に交換留学していた時、知り合った先生の中に京大出身の方がいらしたんです。「大学院に進むなら、京大はどうだ」と勧められまして。
実際に京大の先生にお会いしてみると、私の専門に完全に合致する先生がいらっしゃったわけではないのですが、「ここなら自由にやれそうだ」という直感がありました。京大には「放任」とも言える自由な気風がある一方で、学問に対する姿勢は極めて厳格です。特に私が所属した中国文学の研究室には、伝統的な「精読」のスタイルがありました。
——京大の中国学、いわゆる「京都学派」の流れを汲む研究スタイルですね。具体的にはどのような授業だったのですか。
一言で言えば、とにかく「進まない」んです(笑)。漢詩や古典を一行読むのに、信じられないほどの時間をかけます。本文の何十倍もの分量の注釈を付け、先行研究を洗い出し、一字一句の意味を歴史的な文脈まで遡って検証する。
中国人の私が中国語の文献を読むわけですから、普通に読めばすぐに意味は分かりますし、ストーリーも追えます。しかし、京大のスタイルはそれを許さない。「分かったつもり」になることを徹底的に戒めるんです。
——母語であるがゆえの「読み飛ばし」を許さない、と。
そうです。最初は「なぜここまで細かい重箱の隅をつつくようなことを?」と戸惑うこともありました。しかし、日本の先生方が中国の古典に対して、中国人以上に緻密な読み込みを行っている事実に圧倒されました。
母語で読むと、どうしても無意識に現代中国語の感覚で補完して読んでしまう部分があります。それをあえて日本語に翻訳し、異文化のフィルターを通すことで、「あ、実はここはこういう意味だったのか」「この表現にはこんな背景があったのか」と、テキストが全く新しい表情を見せてくれるのです。この「遠回り」の重要性に気づけたことは、今の私の研究の基礎になっています。
——そうした厳密な読解を経て、祝さんは現在、作家・張資平(ちょうしへい)を主な研究対象とされています。彼は創造社という文学団体の設立メンバーであり、一世を風靡した流行作家です。特に「恋愛小説」の書き手として知られているようですが、なぜ彼を選ばれたのでしょうか。
正直に申し上げますと、私はもともと「恋愛小説」というジャンルが苦手だったんです(笑)。子供の頃から読書家ではありましたが、好んで読むのは社会派のリアリズム小説や、歴史小説、武術に長けた侠客たちがアクションを繰り広げる武侠小説などでした。
恋愛小説、特に男女の情愛に終始するような物語には、どうしても感情移入できなくて。世の中の人がなぜ『ロミオとジュリエット』や『タイタニック』にそこまで熱狂するのか、ピンと来ない子供でした。
——それは意外ですね。調べたところ、張資平といえば、中国文学の世界では、まさに大衆的な「恋愛小説の大家」として評価されていたとのことですが。
ええ。だからこそ、研究対象にしたんです。私が張資平の作品を読んだときに感じたのは、強烈な「違和感」でした。
彼の小説は恋愛を描き、三角関係や情痴の世界を展開しているはずなのに、その筆致にはどこか冷ややかなものがある。登場人物が恋に悩み、感情を露わにしている場面でも、彼はその身体反応をまるで医学書のように分析的に記述するんです。「肺がどう動いた」「血管が収縮した」「神経がどう反応した」といった具合に。
——情熱的な恋愛シーンに、解剖学的な描写が入り込むわけですか。
そうです。それはロマンティックな没入とは対極にある、科学的な「凝視」の視点でした。調べてみると、彼は東京の大学で地質学や自然科学を学んでおり、当時の科学万能主義や、日本の自然主義文学の影響を強く受けていたことが分かりました。
「恋愛小説」というパッケージの中に、実は「身体に対する科学的なまなざし」や「自己を客観視しようとする近代的な自意識」が隠されている。私が感じた「恋愛小説らしくなさ」の正体はこれだったのかと気づき、そこから一気に引き込まれました。
最後は将来の展望について伺います。



