ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第六十六回となる今回のインタビューでは、クチャ(現在の中国新疆ウイグル自治区)の石窟寺院に描かれた仏教壁画を専門とし、ドイツに渡った壁画の断片を本来の石窟空間にデジタル復元して当時の人々の視覚体験を追体験する研究に取り組む、西域仏教美術史研究者の檜山智美さんにお話を伺います。

システィーナから西域へ

——今日は、檜山先生のこれまでの歩みを中心に伺えればと思います。講演やインタビューでは、よく「NHKの特集番組『シルクロード』を見て人生が変わった」とおっしゃっていますね。

あの番組が人生を変えました。80年代から90年代の頭にかけて何度も再放送されたのを、幼少期に視聴して、ユーラシアの東と西の文化が入り混じった感じに漠然と憧れを抱きました。いまも「シルクロード」と聞くと、あの番組のテーマ音楽が頭の中に流れます。

——幼少期の時点では、まさかご自身が仏教美術を専門にするとは思っていなかったわけですよね。

まったく思ってもいませんでした。宗教的なものに触れる機会もあまりなかったですし、親族に大学院に進んだ人もひとりもいません。参照できるロールモデルがまったくいない状態で、やりたいことをやりたいままに進んできました。いまだにロールモデル不在で、着地点が見えないまま走っている感覚があります。

——小学生の頃から、オタク気質だったとうかがっています。

漫画とゲームに没頭していたほか、年間300冊以上は本を読み、大学ノート10冊分くらいの長編小説も書いていました。イラストも描いていたのですが才能がなかったので、見る側に徹しようと思いました。

——そんな中、地元の中学校ではなく私立の中高一貫校に進まれたとか。

地元の中学校がなかなか荒れていまして、心配した両親が私立の中高一貫校への進学を勧めてくれて。でも入学式に出たとたん、いわゆるエリート進学校的な空気感が合わず「ここは絶対無理だ!」と思ってしまって。高校受験をし直して、公立の女子高校に入り直しました。その反動で、高校2年生の2月まで、友達とひたすら遊んで過ごしていましたね。

——それが、高校2年生の2月に一変するわけですね。

たまたま美術史という学問の存在を知ったんです。勉強が大嫌いになっても、世界史だけはずっと好きで、定期試験もいつも高得点だったのですが、それはカタカナ語が多かったから。「サマルカンド」や「アレクサンドロス」などと聞くと、ときめいてしまうんです(笑)。

世界史の資料集も大好きでした。全編カラーページで、時代ごとに流行した美術様式が紹介されているコーナーがありまして、同じ地域なのに時代によって美術作品の雰囲気がまったく変わることが面白いと思いました。それで、気まぐれで大学の専攻を調べたら、美術史学という学問に行き着いたんです。

当時、慶應義塾大学の美学美術史専攻では「天使の美術史」というルネサンス美術の授業が開講されていました。それを知って「面白そう!絶対にここで学びたい!」と思ったんです。とりあえず過去問を見て「これを1年後に解ければいいんだな」と分析して逆算していき、夏には予備校にも通って、世界史と英語だけに絞って勉強し、現役合格できました。

——ルネサンス美術への興味の背景には、宗教そのものへの関心もあったそうですね。

神様やブッダって、誰も本物を見たことがないのに、姿形の共通見解があるじゃないですか。教会やお寺のような宗教空間に行くと、大抵圧倒されるような美しい空間が広がっていて、「ここが神様のお家です」と言われると納得してしまう。誰も見たことがない存在を「ここにいる」と感じさせる、その舞台装置としての宗教美術に興味があったんです。それで、宗教的な思想背景に基づいた美術作品について詳しく知りたいと思っていました。

——学部2年生の春休みに、友人とドイツ・イタリアを周遊されたそうですね。

はい。バイト代を貯めて、美術館と教会を回って。最終目的地のローマで、憧れのシスティーナ礼拝堂に辿り着いたら、その圧倒的な美に打ちのめされてしまったんです。あまりにも完璧で、「私がどんなに頑張ったところで、この圧倒的な感動を言語化することもできなければ、する意味もないのではないか」と感じてしまって。オタク用語でいうと「成仏した」感覚に近いです。

——「成仏した」!

完全に満足してしまったんです。もちろん、ルネサンス美術もまだまだ研究の余地があると思いますが、少なくとも自分がやらなくてもいいや、と思ってしまいました。

——そのタイミングで、また別な転機がやってきたとか。

同じ時期に、東京の丸善の催事場で、シルクロードの写真展をやっていたんです。そこに、京都の臨川書店が復刻した、ドイツ西域探検隊(1902~1914)の壁画カタログのチラシが置いてあって。その表面に印刷されていたのが、現在ベルリン国立アジア美術館に所蔵されている、クチャ(※現在の中国新疆ウイグル自治区にかつて存在した仏教国の名前)のキジル石窟から剥ぎ取られた壁画の断片でした。それを一目見た時、電撃が走りました。

それは端的に言うと大胆に素肌を露出した男女が身体を寄せ合いいちゃついているかのように見える、なんだか生々しい絵で、私の中の仏教のイメージが覆ったんです。

——確かに、仏教は欲望をコントロールして修行に励むというイメージが強いですもんね。

ミケランジェロの肉感的な世界を見た直後だったので、余計に対比が強かったんだと思います。仏教美術に対して、あまり肉感的なイメージを持っていなかったので、「仏教ってこんなセクシーな感じだったっけ?」と不思議に思って。調べてみると、そのカップルの横に大きな円盤状のものの端が描かれているのですが、それが涅槃仏(=肉体的な死を迎える釈尊)の光背であることを知りました。お釈迦様が入滅している場面なのに、その横で男女カップルがいちゃついている。「一体何なんだ、この世界観は?」と衝撃を受けて、そこから沼に転落しました。

同じようなカップルの図像を表した壁画は、クチャ地域の石窟寺院に10例前後あって、必ず涅槃図の隣に描かれている。彼らが誰で、なぜそこにいるのか、その図像学的な意味を追求する9万字くらいの卒業論文を書きました。ちなみに、その卒論の中で一つの可能性として示した仮説は、近年、ドイツの研究者により論証されました。すなわち、彼らはブッダの涅槃を喜ぶ魔王(欲望の化身マーラ)とその娘を示したものだと考えられています。

次回は、慶應を出て駒場で迷走した末に「壁画で生きていくしかない」と腹をくくり、ベルリンの美術館で世界的研究者に「You are 100% right」と言われた夏について伺います。