このインタビューは全2回シリーズ
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ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第六十五回となる今回のインタビューでは、恋愛関係と美的体験という2つの主観的体験を、脳の計測によって定量的に研究されている、上田竜平先生にお話を伺います。

感想で片づけないために

——美しいという主観的体験に、科学のアプローチで迫る。心理学は、どこからどこまでを扱う学問なんでしょうか。

懐の深い、広い学問で、人間の心の動きに関連している限りは何でも問題になり得るんですね。すごく基礎的なテーマだと、心理物理学(サイコフィジックス)と呼ばれる、物の見え方を研究する学問があります。実験心理学の中では、歴史的に一番古い学問です。ミュラー・リヤー錯視のようなものが、その代表例ですね。

——先生がいま取り組まれているテーマ、美的体験も恋愛関係も、とても主観的なものです。そこに定量的に迫れるというのは、驚きがあります。

定量的指標を持って、この条件は数値10だけどこっちの条件は20なので、統計的処理の結果、確かに差があるだろう、という形で分かりやすく議論できる。それが自分の性格に合っているように思います。

私がやっている実験心理学では、インタビュー手法を用いた定性的分析はほとんど使われません。心理学ではあらゆる問題が研究対象となりえますが、「主観的体験を可能な限り定量的に計測する心理実験を通して、人類全般の行動傾向のメカニズムを知りたい」というのがどのテーマにも共通しているんです。

——人類全般。でも、データは一人ひとりから取るわけですよね。

そこで使うのが推測統計です。例えばアンケートで100人の集計結果を取ると、その回答結果の分布は、無限の集団から取った分布と基本的には一致するだろうということを仮定します。手元にある有限のデータから、無限の母集団の分布を推定する。データの対象としては個人の主観的な体験をターゲットにするけれども、最終的に言いたいのは個人のことではなく、人類全般に適用できる仮説なんです。

——上田先生の場合は、そこから「人類全般に言えるのではないか」と広げられたときに面白くなるわけですね。

それは常にある問題意識です。逆に言うと、実験心理学には、その結果として個人差を無視してきたという歴史があります。この分野が始まってからしばらくの間、個人差はノイズとして無視され、集団全般のことしか語らない状態が長く続いたようです。その反省として、この数十年ぐらいは個人差の検証も進んでいます。

——上田先生ご自身は、その個人差とどのように向き合っておられますか。

むしろ自分のテーマは、個人差に積極的に着目しています。恋愛関係の研究では、不貞関係、いわゆる浮気に対する関心の個人差がとても大きいことが、それ以前の調査研究から分かっていたので、その個人差と関わる脳の働きに着目してきました。

——対象は人文学の問題なのに、やり方は数値と統計です。文系ですか理系ですかと尋ねられたら、どちらだと答えますか。

迷いなく「理系の人間です」と言えると思います。対象は恋愛も美学も人文学の問題だけれども、その主観的体験を定量的にアプローチしたいというモチベーションでやっているので、それは完全に理系の考え方だろうと思います。感想で片づけたくないからこそ、この分野を選んで、大学院にまで進みました。

——ここから先は、テーマの選び方の話を伺いたいです。卒業論文では、何を扱われたんですか。

まず、顔の魅力の研究をやりました。生活の中で身近な美の体験は何だろうと考えたときに、顔の美しさがあるなと思うようになって。実験心理学の中ではかなりオーソドックスな王道のテーマの1つです。そのやりやすさもあって始めました。

——大学院でも、そのまま続けようとは思わなかったんですか。

卒論を提出し終わって大学院に進むとなったときに、そのテーマで続けようかを考えたのですが、先行研究が無数にあることが今度は足枷になって、どうやって発展させたらいいかが分からなくなったんです。それで、元々の根源的な関心だった美的体験の脳の研究をやろうかと最初はなったんですが、指導教員の先生と相談していくうちに、方法論的にもロジック的にも難しそうだ、となりまして。

——本命の美的体験は難しく、卒論のテーマは行き止まり。恋愛関係はどこから出てきたんでしょうか。

美的体験のテーマをやるのが現実的ではなさそうだとなったときに、その中間に位置するテーマとして「恋愛関係」が浮かびました。顔の魅力とも、美の体験とも繋がりが深い。しかも、恋愛関係の脳の研究はほとんどされていないようだと、そのときに気がついたんです。それで始めた、というのがきっかけですね。

——超難問を解くための補助線のような位置づけで、しかもそこが空いている。かなり戦略的です。

ビジネスチャンスだと思ったから、というのが正直なところ、一番の理由です。大学に入った当初からすでに、研究者として生きていく覚悟はしていたので、その点はすごく重視してテーマを選んでいました。

——他の人がもうやっていて自分がやらなくてもいい領域と、先人がいなさすぎて荒野になっている領域と、どちらでも困る。その間を見極めるのは、研究者という「商売」の話でもありますね。

そうですね。国内に就職のポストがあるかどうかも含めて、大事な観点なんだろうと思います。あれから10年以上経ちますが、そのテーマはいまも開いたままです。人手が常に足りないと感じてやっていますし、叶うことなら、たくさん研究費を獲得して人件費をまず確保したいと常日頃思っています。

——完全に経営者の目線ですね。

心理学はテーマが一人ひとりにあるので、学生さんであっても、その人がそのテーマに一番詳しいことが珍しくない分野なんです。そうなると自分発信で研究を進めていくことになるので、経営者目線で進めることが一般的だと思います。それも、美学美術史学に進むことをやめてしまった大きな理由の1つで、研究者としての主体性と、職業としての安定性は間違いなくこちらの方があるだろうと思ったので、変えてしまいました。学術界の外からの見え方としても、人文学は冷遇されているように思います。役に立たない、という扱いをされることもあって、どうにか変わったらいいのにな、と常に思っています。

——大学の外への発信にも、かなり力を入れておられますね。

特に教育関連には力を入れている一方で、学術界の外に発信する際には気をつけてもいます。特に恋愛関係はセンシティブなテーマになることが多いので、誤解を招くような発信をしてしまわないように常に気をつけています。

最後は、神経美学のこの20年と、恋愛も美も本当に特別なのかを脳で確かめるという野望について伺います。