ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。

第二十七回となる今回のインタビューでは、国家による「線引き」が現代ほど明確でなかった時代の新疆・中央アジアを舞台に、国境を越えて移動する人々と国家の関係性を多言語の史料から読み解く、研究者の松尾健司さんにお話を伺います。

境界地域史への誘い

——本日はどうぞよろしくお願いします。今回は松尾さんのこれまでの歩みと、現在の研究について深くうかがっていきたいと思います。

よろしくお願いします。

——早速ですが、現在の松尾さんのご研究について教えていただけますか。インターネットで拝見した情報では、「新疆地区の近現代を含む中国近現代史と国際関係論」がキーワードかなと思っておりますが、いかがでしょうか。

はい、その通りです。これまでは特に新疆[1]現在の行政区分では中華人民共和国西部に位置する新疆ウイグル自治区。清末から中華民国期には新疆省が置かれた。に焦点を当ててきましたが、最近はもう少し視野を広げています。もともとは中国側の視点、つまり中国語の史料を中心に研究を進めていたのですが、近年はロシア側の史料も使いつつ、ロシア領/ソヴィエト領中央アジアの歴史も踏まえられるように努めています。より大きな枠組みで言えば、かつて英露清三帝国が交錯した境界地域に焦点を当てて、国際関係史を扱っているという感じですね。

——なるほど。いわゆる国民国家の国境線では割り切れない地域に、ご関心があるのですね。

そうですね。私が主に見ているのは、中華人民共和国が成立する1949年よりも前の時代、具体的には19世紀末から20世紀前半、特に1930年代頃までです。

——その時代ならではの面白さがあるのでしょうか。世界史の教科書で学んだ程度の知識しかありませんが、非常にダイナミックな時代という印象があります。

おっしゃる通り、国民国家の境界が現代ほど明確ではなかった点に、この時代の特色と研究の面白さがあります。例えば新疆も、天山山脈を境にして北部と南部ではかなり様相が異なります。北部はカザフ人やモンゴル人といった遊牧民が多く、当時の清とロシア帝国の国境を行き来する人々もいました。それが外交上の問題になることもあったのです。現代のように、誰もがパスポートを持って国境を越える、という感覚とは程遠い世界でした。

一方で南部には、現在ウイグル人[2]タリム盆地のオアシスに居住するテュルク系ムスリム。「ウイグル」がその民族名称として用いられるようになるのは20世紀前半のことである。と呼ばれる人々が多く住んでおり、彼らは交易や出稼ぎのために、ウズベキスタンやカザフスタンといった現在中央アジア諸国になっている地域へ頻繁に移動していました。人の移動が活発になると、必ず「その人はどの国家に所属するのか」という問題が立ち上がってきます。これは現代社会でも同様ですね。

——確かにそうですね。

国境線は存在するものの、その管理体制やパスポートの携帯といった制度がまだ十分に整備されていない。そうした時代の、国家と人の関係性に最も関心があります。

——生まれたときから海に囲まれた島国で暮らしていると、陸続きの国境を人々が日常的に行き来するという感覚が新鮮で、常識が覆されるような思いがします。

ええ、日本にいると陸路での国境移動はイメージしにくいかもしれませんね。ところで、私の関心は、移動する人々の視点だけでなく、国家の側にもあります。国家というシステムが、人々をどのように分類し、管理しようとしたのか。その経緯、論理、帰結に強い興味を持っています。

——「人を分ける装置」としての国家、ですか。非常に興味深い視点です。そのご関心は、いつ頃から芽生えたものなのでしょうか。昔から中国の近代史や新疆に興味をお持ちだったのですか?

いえ、新疆に特に関心を持った直接のきっかけは、大学2年生の時に現地を旅行したことです。それを早いと見るかは人それぞれですが、それが最初の大きな転機でした。中国という国自体にはもともと関心があり、中国語も早くから勉強していたので、興味を深めていく素地はあったのだと思います。

——では、大学の学部選びの段階から、海外のことや国の仕組みについて学びたいというお考えが?

実は、もともと法学部の政治コースに在籍していました。当時は研究者になろうとは全く思っていませんでしたね。険しい道だという認識もありましたし。

——法学部の政治コースというと、官僚などを目指される方が多いイメージがあります。

そうですね。文科一類を選択したこと自体に深い意味はありませんでしたが、法学部に進んだのは、官僚や政府機関で働くことへの関心があったからかもしれません。ただ、今思うと、少し惰性で選んだ部分もあったとは思います。

References

References
1 現在の行政区分では中華人民共和国西部に位置する新疆ウイグル自治区。清末から中華民国期には新疆省が置かれた。
2 タリム盆地のオアシスに居住するテュルク系ムスリム。「ウイグル」がその民族名称として用いられるようになるのは20世紀前半のことである。