ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第三回は教育史研究のHさんです。
興味を持ったきっかけ
Q2-1. 主に修士論文の研究をどのように進めていったか教えてください。
最初の構想では、教育に何か役立てられるような形でベルクソンを読み解きたかったのですが、だんだん耐えられなくなってしまったんです。「教育に役立てられるように」という目的が先行してしまって、何とでもいえてしまいそうだと思った。
そこで「教育に哲学が役立つとはどういうことか」に関心が移り、教育者がどうやってベルクソンにたどり着いたのか、が修士論文の研究の出発点です。
ーーその出発点は、どうやってあたりをつけたのですか?
指導教員が大正新教育運動[1] … Continue readingの研究をしている人で、その著書を読んだところからです。大正新教育の担い手に重要な人物が何人かいて、そのうちのひとりがベルクソンからの影響を受けていると知りました。
その中に及川平治も含まれていて、及川平治について書かれた論文にもあたってみました。その論文では、及川の文章とベルクソンの文章を並べながら、「ここにベルクソンの影響がみられる」のようなパターンマッチングをしていて。こじつけっぽいな……と思ったんですが、及川がどのようにベルクソンを“読んだ”のかなら、研究できるのではないかと推測しました。
及川の中でのベルクソン哲学のありかたを再構築すること、及川の中でのベルクソン像を体系的に描き出すのが、修士論文でやったことです。
ーーそのために必要な資料をどうやって探しましたか?
先述のように、及川平治はいまの神戸大学付属小学校の教員で、そこに及川記念館があると知って、夏休みに訪れました。ところが記念館が一般公開されていないことを知らなくて、事前のアポイントをとらずに当日「入れてもらえませんか」と交渉して、入館させてもらいました。
いざ入館できたのはいいものの、及川がベルクソンについて述べている資料はなかったんですけどね……。
ーー なんと……収穫はなかったということですね。
で、そもそも自分が及川平治について何も知らないなと気づいて。先行研究をいろいろ読み進めていくと、ある資料で「和光大学に及川平治文庫がある」という記述を見つけました。及川平治文庫は、その名前のとおり、及川平治の蔵書が保存されている場所です。そこに行けば、何かわかるかもしれないと思いました。
及川平治文庫は閉架[2]一般の利用者が、書架を自由に見て回ったり、書籍を自由に手に取ったりできない図書館・図書室の形式。で、しかも蔵書は400冊以上あるので、「この本とこの本を見たいです」と頼むためには、事前に当たりをつける必要がありました。そこで、和光大学のOPAC[3]図書館のオンライン蔵書目録データベース。一般利用者は、利用したい書籍を検索して書誌情報や配架情報を調べることができる。で「ベルクソン」と検索してみると、4冊くらいヒットしたんです。しかも全く知らない書籍ばかり。
その中に、当時英語で出版されていた、ベルクソンと教育について論じた書籍が見つかりました。及川が丸善[4]明治2年横浜創業、のち東京に本店をおいた大手書店・出版社。現在の丸善雄松堂や丸善ジュンク堂書店のルーツ。から取り寄せたものということもわかりました。この本について論じた研究者は、どうやらまだ日本で誰もいない。及川はフランス語は読めなかったが英語なら読めたはず、ということは、ベルクソンについての英語の本が出てきたなら、この本を読めば及川のネタ元がわかるかもしれないと思いました。