ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第四十三回となる今回のインタビューでは、環境美学・日常美学を専門とし、生活者の視点から新たな美学のあり方を提唱する、青田麻未さんにお話を伺います。
分析美学との葛藤と独自視座の獲得
——運命的な出会いだったわけですね。研究室に入ってからは、すぐに現在の専門である「環境美学」に取り組まれたのですか?
いいえ、最初は全くそんなつもりはありませんでした。授業はいろいろと面白かったですよ。カントの美学について深く学ぶ授業があったかと思えば、音楽学の先生だと言っているのに「バナナの叩き売りの口上」の研究をしていたり(笑)。
私の指導教員になった安西信一先生は、「庭園」の研究をされていました。庭園というのは、芸術作品として鑑賞される一方で、誰かの所有地でもあり、政治的な権力とも結びついている。そういう「あわい」にあるものの複雑さを論じる姿勢に、すごく知的興奮を覚えたんです。
——先生方の多様なアプローチに触発されたのですね。そこからご自身のテーマはどう決めていったのでしょう。
学部3年生の夏に、「卒論のテーマを決めなさい」と言われたんですが、私は困ってしまいました。というのも、私は「何でも面白がってしまう」性格なんです。どの授業を聞いても「面白いな」と思ってしまって、一つに絞りきれない。
悩みながら友人と旅行に行く電車に乗っていた時、ふと窓の外の海を見て、「そういえば私、海が好きだな」と思ったんです。本当に単純な思いつきなんですが(笑)。それで、自然に関わる美学をやろうかなと考え始めました。
——直感的なスタートだったんですね。
最初は、18世紀の哲学者エドマンド・バークが論じた「崇高(Sublime)」という概念を使って、自然の美しさや恐ろしさについて書こうとしていました。これなら美学の王道ですし、文献も豊富にありますから。
ところが、ある飲み会での出来事が運命を変えてしまいました。友人が、安西先生に向かって「青田さんは環境美学に興味があるみたいです」と、勝手に話してしまったんです。
——ご本人の意図とは違うところで(笑)。
そうなんです! 当時、安西先生ご自身も英米系の新しい潮流である「環境美学」に関心を持たれていた時期で、友人の言葉を聞いて「新しい分野に挑戦しようとする意欲的な学生がいる!」と、すごく喜んでしまわれて。
飲み会が終わったその日の夜には、先生から英語の文献リストが大量に送られてきました。「これを読んで頑張れ」と。もう引くに引けない状況になってしまったんです。
——外堀を埋められてしまったわけですね。実際に取り組んでみていかがでしたか。
正直に言うと、最初はあまり面白くありませんでした(笑)。
私が紹介されたのは「分析美学」の系譜にある環境美学でした。分析美学は英語圏、特に北米を中心に発展した分野です。「哲学者の誰々の思想において、●●の概念は……」のような思想史研究よりは、「自然の美しさとは何か」のような問いから出発するタイプの分野で、論理の厳密さを非常に重視します。概念を定義し、パズルを組み立てるように理論を構築していく。ただ扱われている事例が「北米の広大な国立公園のような」、手つかずの広大な自然ばかりなんです。
——日本の自然環境とは、少しイメージが異なりますね。
そうなんです。私が好きなのは、鎌倉の海のような、人の暮らしと隣り合わせにある自然でした。人里離れた荒野を前提とした理論を読んでも、自分の肌感覚とは合わない。
それに、分析美学特有の「概念を操作して理論を精緻にする」というスタイルも、小説や物語が好きな私にとっては、はじめは少しドライに感じられました。
もちろんそのスタイルが議論を明晰に、公共的なものとして進められるという利点を持っているということも、実際に分析美学者として手を動かしてみて、ものすごくよくわかりはしたのですが。
それでも研究を続けたのは、与えられた課題をこなすこと自体は得意だったからです。違和感を抱えながらも、大量の英語文献を読み、まとめて、なんとか卒業論文を書き上げました。
——「得意なこと」と「やりたいこと」の狭間で葛藤されていたのですね。研究者を目指そうという意識はその頃からあったのですか。
全くありませんでした。あくまで教員免許を持っているので、修士課程が終わったら中学か高校の先生になろうと思っていました。「一度博士課程まで行って、やっぱりダメなら先生になればいいや」くらいの軽い気持ちで。
でも、博士課程に進んでからも、「面白くない」という感覚はずっと消えませんでした。そんな私を見透かすように、先輩たちからは「結局、君は何がやりたいの?」と何度も厳しい問いを投げかけられました。
——痛いところを突かれますね。
はい。指導教員の先生も、似たようなことをおっしゃるんですよ。「青田さんは、何でも面白がる才能がある」と褒めてくれたうえで、「でも、本人が全部『面白い』と思っているせいで、書く論文に起伏がない。どこが重要でどこが問題なのか、読み手にはさっぱり分からない」と。
——なるほど……。「面白がる」才能が、研究においては弱点になっていたと。
その通りでした。自分ですべてを肯定してしまっては、批判的な議論が生まれないんです。
その指摘を受けて、私は初めて自分の立ち位置を根本から見直しました。今まで「パズル」として解いていた分析美学の理論を、一度外側から見てみようと思ったのです。
アレン・カールソンという環境美学の第一人者がいますが、彼の理論を単に論理的に検証するのではなく、「なぜ彼は、あのアメリカという土地で、あの時代に、そのような主張をするに至ったのか」という、思想史的な背景から捉え直してみることにしました。
——思想史的なアプローチは、美学に限らず、伝統的な哲学の王道ですよね。その手法を、新しい分野である分析美学にも適用してみた、というわけですか。
そうです。そうやって歴史的・文化的な背景を掘り下げることで、初めて「カールソンの理論と私自身の間には、決定的な距離がある」ということを客観的に理解できました。「ここはアメリカ特有の事情だから受け入れなくていい」「でも、この部分は普遍的だから継承できる」という切り分けができたんです。
その瞬間、霧が晴れたような気がしました。既存の理論の枠組みの中で窮屈に振る舞うのではなく、自分の足場から理論を再構築できる。そこでようやく、研究が「面白い」と心から思えるようになったんです。
最終回は将来の野望を伺います。


