ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第六十四回となる今回のインタビューでは、幸田露伴を出発点に、明治文学の口絵・挿絵から文学と美術のつながりを読み解く「画文学(がぶんがく)」を提唱している、出口智之先生にお話を伺います。
作家が絵師に出した指示
——そんな時期に、転機が訪れたんですね。
学振PDで国文研究室に来ていた先輩の松本和也さん(現・神奈川大学、太宰治研究者)が赴任された信州大学に、昭和の画家・石井鶴三(1887-1973)の関係資料がまとまって寄贈されたんです。いろんな資料のうち、文学関係のものの整理を松本さんが担当されることになったんですが、くずし字の資料がかなり含まれていたので、それを読んで手伝ってほしいと声がかかりました。何回か調査にうかがっていたら、慣れない土地でさみしかったらしい松本さんが「文学と美術研究会」という勉強会を立ち上げて。
——それが、先生の研究発表につながっていくわけですか。
「次の発表、出口君ね」と言われて、たいした興味もないまま、とりあえず明治文学と美術のことを調べていったら、口絵や挿絵の制作プロセスに目がとまって、「作家が画家に図柄の指示を出している……これはどういうことだ!」となったんです。
——そのプロセスのどんなところが面白いのか、詳しく聞きたいです。
作家は起筆前におおまかな構想を立てて、「こんな絵を描いてください」といって、自分で絵まで描いて絵師に指示を出す。絵師はその指示だけを受けて、本文をまったく読まずに絵を描いていた。まだ書かれていないんだから、本文を読めるわけはありません。作家が絵師に指示を出していたことを、知っている人は知っていたはずなんですが、どうも起筆より前に指示していたことまでは知られていなかったみたいですし、そのことの持つ「意味」、つまり作家が指示すると何が起こっていたのか、に本格的に注目していた人はいなかったんです。
もし、執筆の途中で小説構想が変わったら、構想が変わる「前」の痕跡が先に指示しておいた絵に残るし、逆に絵があることを前提に、本文では絵の場面をあえて書かないなんてこともできる。史料にもとづいた歴史的事実の解明と、文学の解釈と、それから徐々に好きになっていた絵の鑑賞とがようやく結びついた感じです。でも、自分の発見にしばらくは半信半疑で、有名な先生方はそんなこととっくにご存じなんじゃないかと思ってました。色んな先生に話してみて、「面白いね」と言っていただき、「この研究は行ける」と思えるまでには、4、5年かかりました。
2014年に最初の成果を発表しまして、その後縁あって比較文学比較文化研究室に着任することになりました。僕自身も永年教えていただいた、ロバート・キャンベル先生が退職されて国文学研究資料館の館長に移られた、その後任でした。その着任に際して、自分の研究を比較研究室の先生方の前で発表したところ、今橋映子先生をはじめ何人もの先生からとても強い支持と応援をいただいて、「これはいけるかもな」とはじめて確信できました。
——少年時代、「絵なんかいらない」と思っていた子どもが、いまは絵の研究者になっている。不思議なめぐりあわせですね。
美術に辿り着くまでは、遠い道のりでしたけどね。露伴研究をしていた大学院生時代も、すでに絵はかなり好きになっていて、展覧会には行ったりしていましたけれど、研究では絵はいらないと思っていて、初出雑誌のコピーを取りに行った時にも、「口絵はいらないかな」と省いていたくらいですから(笑)。
——今日のお話をうかがっていると、ご自身の中から湧き出るものもありながら、誰かに言われたことがきっかけで進路が変わり続けてきたように感じます。
そうなんです。大体、人の言葉や人からの誘いが転機になっているんですよね。内発的に、これをやりたいと意識して選ぶことができなかったから、むしろ苦手なことから逃げ続けてきた感覚のほうが強いです。もちろん、このテーマでの学術研究に進んだことの説明は、後から振り返ればちゃんとつくんですよ。物書きになりたかった気持ちが、色んなジャンルを経て、僕にとっては一番書きやすい学術論文という形式にたどり着いた。歴史が好きだったのも、一次資料を発掘して知られていない現象を明らかにしていく今の研究につながっている。
そして、それを歴史学や思想史ではなく、制作にたずさわった人々の営みや人生に即しつつ、文学や絵画という芸術表象の解釈へと接続させる。だから、結果的には自分が一番好きだったこと、歴史・文学・美術を横断させる学術研究に進んでいるんですけれど、でもそれが自分に合っていることに、自分では気づけなかった。それぞれの選択をした時のリアルタイムでは、分からなかったんですよね。何の定見もないというか、苦手なことを避けて、人から機会をもらって、嫌じゃない方に来てみたら、こうなった。自分の意識としてはそれだけで、だから今でも挫折感の方が強いんです。
——ありがとうございました。このWebサイトの「ジンブンの足あと」で取り上げた「顔プロジェクト」の成果も楽しみにしています。またいつか、「このままだと行き止まりじゃない?」という第3の展開があるかもしれませんね。
「顔プロジェクト」、なんとか成果を出したいと思っているんですけどね。とりあえず、何とか本になりそうなところまで持っていきました。年内に出るかどうか、というところです。刊行が決まったら、またお知らせしますね。







