ジンブン独学ノートの実践編では、実際の研究について紹介します。研究へのモチベーションから、どのように日々の調査が行われているのかまで、インタビュー形式でお届けします。
第六十七回となる今回のインタビューでは、公立図書館で働きながら社会人大学院生として文化資源学を学び、戦前の広告マッチラベルをはじめ、長く残ることを想定されていない「エフェメラ」を研究している、北村智仁さんにお話を伺います。
戦前のマッチラベルに惹かれて
——本日はよろしくお願いいたします。北村さんは公立図書館の図書館員でありながら、社会人大学院生として「エフェメラ」について研究されています。
公立図書館の職員として働きながら、仕事以外の時間では社会人学生として、図書館・情報学や文化資源学を専攻しています。図書館の仕事と研究上の関心がつながっている部分もありますし、逆に「お前は司書なのか、研究者なのか」と言われると、どちらも自分の一部ではあるが、どちらも自分のすべてではない。複数のモードを行き来していて、それぞれ違う切り出し方をしているわけですが、根底にある私自身は、何か非常に言語化しにくい存在としてその辺を漂っている、という感じがあります。
——まさに「あいだの存在」ですね。今日はその「あいだ」を裏テーマに伺えたらと思います。まず、エフェメラとは何か。「特定の目的のために作られ、長く残ることを想定していない印刷物」という辞書的な説明で、だいたい合っていますか。
おっしゃる通りです。ただ、どう言えば一番分かりやすいかは、この数年ずっと試行錯誤してきました。最新版は「社会的に確立された保存の仕組みや考え方がないもの」という言い方です。個人が大事に保存してはいるけれども、社会的に「保存して当然」とまではなっていないものなど、さまざまなグラデーションがありうると思います。エフェメラというと印刷物をイメージするのが一般的ですが、最近はデジタル情報やさまざまなモノを指して用いる場合もあるようです。私はどちらかといえばそうした広い意味でこの言葉を用いています。
——そういったエフェメラの中でも北村さんは、個人的にマッチラベルの収集をなさっているんですよね。
マッチラベルに限らず、印刷物やがらくた全般を集めていますね。古いものも、今まさに配られているものも、あるいは物だけでなく、ふとしたときの会話や物音、街角に出現する風景にも、興味があります。ただ、私がエフェメラに惹かれるようになった原因が戦前の広告マッチラベルだったので、それらは特に興味を持って集め続けています。
——マッチ箱は、いわば掌サイズの広告メディアですよね。どうしてそんなに惹かれてしまったんですか。
図書館の仕事で、地域資料や貴重資料などの特別なコレクションの管理をしていた時期がありまして、そこには本だけではないさまざまな形の資料が含まれていました。そこでまず、図書館の中にマッチラベルのスクラップブックなんてものがあるのか、と知りました。
それまでマッチラベルといえば、喫茶店で配られるものというくらいのイメージしか持っていなかったのですが、戦前のマッチラベルを見ると、あらゆる種類のお店や商品の広告、さらには選挙や新しい映画の封切など、ほんとうにさまざまな機会に作られている。戦後とは違うメディアだったことに気づいた、というのがまず一つあります。
そういうものがたくさん集まったアルバムを開いたとき、当時の人の生の生活や街のざわめきを、身体で感じたように思ったんですね。小さいものの中に、魅力的な形で情報が凝縮されている。過去の世界のシンボルのような形で自分の中に届いて、「ああ、すごいな」と。普通の文献にはあまり出てこない情報が、実はこういうところに眠っているんだな、という気づきが興味のきっかけかもしれません。
——日常の中で、何気なく広告が目に入って、捨てられていったかもしれない。生活の中に入り込む広告なんですね。
エフェメラは日常生活のあらゆるところに忍び込んでくるんですよね。どこにでもあるということは、広告というものが持つすごい力の一つだとも思います。
——現物を見たときの感覚として、ほかに印象的だなと思うことはありますか。
肌ざわりのようなものはありますよね。そこに書かれた情報だけでなく、それを担っているチラシの身体の側と言うんでしょうか。インクが滲んでいる、少し折れている。言葉にもデータにもならないんですけど、過去の痕跡を感じる体感があります。どうやっても情報やデータにならない部分も、同じくらい興味深いんですよね。それをどう研究にするかを考えているところです。
——言葉にならないものこそ面白いから、まず見てくれ!と言いたくなりますね。実物の小ささという驚きも、画面越しでは伝わりませんよね。
そうなんです。デジタル画像だと大きさが体感できなくて、実物を見るとびっくりする、ということがあるのも面白いところなんですよね。
——ここからは、そこに至るまでの道を伺います。図書館で働くことは、いつごろから具体化していったんでしょうか。
決して余裕のある家庭ではなかったのですが、恥ずかしながら、自分が働くということに関して、なかなかイメージを具体化できませんでした。もともと一番興味を持ったのは文学で、ある言葉の並びを読むと新しい「味」がするということが楽しかった。文字の並びによって味が違うと思って、そこにのめり込んで、借金をしながら早稲田の文学部に入りました。
——「文の味わい」を早くから覚えている少年は、だいぶ珍しいと思います。
文章を書き写すのも好きでしたね。自分の身体に、文を染み込ませる感じが好きといいますか。漢文や古文の要素を、当時の文体そのままではなく、あくまで現代文の中で取り入れることができないか、ということに興味を持った時期もありました。エフェメラとはあまり直結しない話なんですけどね(笑)。
——いえ、文章そのものの味わいを、自分の身体を通じて探究しているのが面白いです。文理選択でも迷わなかったのではないですか。
実は、文学部以外はまったく受けなかったんです。今思うと世界が甚だ狭かったのですが、当時はそれしかなかったという感じです。ただ、文章を読むことや図書館員の仕事は、いろいろなものに触れて新しい楽しみを見つけていくものなんですよ。最初はあまり興味のなかったことも次第に面白さが分かってきたりして、世界がどんどん広がっていきました。
次回は、「自分は知らないが、調べ方は知っている」というレファレンスの面白さと、図書館・情報学から文化資源学へ進んだ理由について伺います。






